極悪と戦えば極善となる

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悪人の敵になり得る勇者でなければ善人の友とはなり得ぬ


 仏教の極意は仏の道を行ずることだ。
 仏には怨みや怒りやそねみはない。
 人を助けるのが仏の道だ




 何事も感情的であるな。
 何物も畏れるな。
 何事も理性的、理智的であれ。
 そして大きな純愛を土台とした感情に生きてはならぬ
 敵味方を峻別せよ 
           
              昭和13年 戸田先生が姪御さんにあてたお手紙



 『仏には怨みや怒りやそねみはない』と言われながら、先ほど紹介したお手紙には、『敵味方を峻別せよ』とある。実は、ここに重大な意義があります。『敵・味方』とは、悪か善かということです。その峻別ができなければ、姪御さんの幸せも、また、私どもの信仰も攪乱され、現実において敗北してしまいます。


 大聖人は、『悪知識と申すは甘くかたらひ詐り媚び言を巧みにして愚痴の人の心を取つて善心を破る』御書P7 と言われている。



 悪知識というのは、仏道修行を妨げ、幸福への道を誤らせる悪徳の者であり、悪友です。この悪知識という敵は、甘く語らい、嘘をつき、媚びて、言葉巧みに近づき、心を許すように仕向け、退転させていくんです。ゆえに、悪を悪と見破り、戦うことが大事なんです。悪と戦わぬ善はありません。悪を打ち破ることが慈悲にもなるんです。


                        新・人間革命 26巻 厚田より