極悪と戦えば極善となる

 「破邪顕正」謗法呵責をメインに記事を綴っていきます。なお、コメント欄に初投稿する場合は、軽く自己紹介をするようにお願いします。管理人が非常識、悪質なコメントと判断した場合、削除させていただくこともありますのでご了承ください。

創価三代会長の優しさと強さ ③池田先生

 <先生の修学旅行のときのエピソード>


六年の時に関西に修学旅行をしました。生まれて初めての長い汽車の旅です。
お小遣いもいつもと違ってたんまりある。汽車の窓から見るすべてのもの、京都や奈良の古都のすべてのもの、目に映ることごとくがもの珍しく楽しくて仕方がない。わいわい騒ぎながら気も大きくなって、菓子などたくさん買って、気前よくみんな友だちにおごってしまいました。ますます愉快でしたが、お小遣いはたちまちなくなってしまった。檜山先生は私の金使いを見ていたにちがいない。


 「池田君、みんなにばかりあげていないで、家にもお土産を買っていくんだよ。君のお兄さんたちは兵隊にいってるんじゃないか。お父さんやお母さんに、お土産をあげなれりゃいけませんよ」


 「はい」と私は答えたものの、サァ、困ってしまった。兄たちの出征のあと、急に年をとってしまった母の悲しそうな顔が目に浮かんできます。檜山先生は私を物陰に読んでそっとお小遣いをくださいました。私はこのときの師の愛を、今日でも師恩として胸の底に大事にしております
                   


<恩師である檜山先生の証言>


 小学校時代から非常に落ち着いた子でしたね。体は小さいし、じょうぶでもなかったが、その態度は立派だった。たとえば、子どもだから、みんないたずらをしますよね。そこで他の子のやったことを間違えて、池田君を叱ったとします。普通の子なら「ぼくじゃない。○○くんだよ。」なんていうんだが、池田君に限って、なにひとついいわけしない。黙って人の分までおこられているんです。友人を愛する気持ち、人間を愛する気持ちが当時からあったんでしょうな。
                       



 池田の心の寒暖計は、まことに鋭敏である。
喜び、悲しみが池田にはことのほか大きく押し寄せる。愛情が深い反面、その怒りを間近で見る者は、目の前に天から雷が落ちたようで、全身が凍り付き、息もできぬほどだったという。まさに大感情ともいうべき命をもつ。好きも、嫌いもはっきりしている。曖昧さというものがない。


 池田には大嫌いな種類の人間がいる。
いばる、人を見下す、頭でっかち、要領がいい、みえっぱり、である。
人の顔色をうかがう青年、陰湿な婦人、ずるがしこい壮年、そうした人間に出会うと、とたんに池田の顔は険しくなる。


 反対に池田は、正直で、懸命に生きている市井の庶民が好きである。けなげに生きる女性、はつらつとした青年、思いやりにあふれた壮年、笑顔皺の美しい老人を見ると、いっぺんに顔がほころぶ。


 池田は、泣き言を嫌う。感傷を嫌う。自分に甘く、努力しない人間。それでいて、偉そうに振る舞う。それを池田に指摘されると「自分は弱い人間です」などと卑下する。本当に弱いと思うなら、強くなろうと努力せよ、と考える池田にとって、この種の人間は傲慢と映る。謙虚さとは、ひたむきな生き方であって、謙虚ぶることとは異質のものだ。


                (前原政之著 池田大作 行動と軌跡より一部抜粋)