勤行唱題を怠っていた山崎正友
山崎は、最初から野心で動いていたわけではなく、
弁護士になりたてのころは真面目に働いていたようだ。
晴れて弁護士になったときは、
「民衆のために戦いぬく立派な法律家に成長し」
「ほんとうに困っている人、弱っている人の味方になって、""金がなければ弁護士をやとえない""という考え方を打破していきたいと思います」
と決意を語っている。
しかし、このころ既に彼の信心の姿勢に疑問を持つ人もいた。
以下、岡山時代に一緒に活動した人たちの証言。
「唱題を根本にコツコツやるタイプじゃなかったですね」
「勤行、唱題に励む様子は一切なかった」
「熱心に拝んどった姿がどうしても彷彿としてこないんです。見たことがねえ」
山崎は、勤行・唱題という基本を怠っていたために、悪縁に染まり、いとも簡単に第六天の魔王の生命に支配されてしまったのだろう。
弁護士として宗門に関わるようになり、そして宗門僧の無知さ、レベルの低さ、世間知らずさを目の当りにし、それまでの
""厳しい修行にたえて僧侶となった立派な人たち""
という概念はもろくも崩れ去り、その瞬間、彼にとって信仰というものは何の意味もなさないものとなった。そして次第に宗門僧を自分の欲望を果たすための道具とみなすようになったのだろう。
山崎は、岡山時代の男子部の後輩たった中川氏にこのように話している。
「坊主は悪い奴らだ。坊主の手をひねるのは赤子の手をひねるよりみやしい(カンタンだ)」
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