極悪と戦えば極善となる

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広布破壊の極悪人 山崎正友

7月27日、28日付けの聖教新聞 新人間革命 雄飛の章 三十七、三十八に山崎正友(小説名は山脇友政)のことが載っていたので、ここで触れていきたいと思う。


もう故人であるので、知らない人もいるかもしれないが、この山崎正友、元創価学会の顧問弁護士という立場にありながら、その法的知識を悪用し、非道の限りを尽くした。


彼は、昭和11年11月、岡山市で出生。
昭和34年、京都大学法学部に現役入学をはたす。
27歳で弁護士となり、当初はまじめに働いていた。
しかし、学会の墓地建設をめぐる土地ころがしで四億五千万の黒い金を手にしてから彼の転落がはじまる。


弁護士法に違反して冷凍食品会社シーホースという会社をたちあげ、倒産すると顧問弁護士の立場を利用して学会本部の内部資料を持ち出しす。そして昭和五十五年四月、学会首脳に脅しをかけ三億円を恐喝、さらに五億円を要求し学会側に告訴され逮捕された。


創価学会と日蓮正宗が険悪になりはじめていた昭和52年ごろ、謀略をめぐらし、抗争をたきつけていたのは実はこの山崎だった。学会側と宗門側の間をいったりきたりマッチポンプの限りをつくし両者を混乱におとしいれていた。彼の狙いは、学会と宗門の間に入り、自分の影響力を強め池田会長(当時)を追い落とし、学会と宗門を自由に操ることにあった。


「信者がお経を読んだり、教学を勉強したりすることは、坊さんは本当は嫌なんだ。何も口うるさいことを言わないで、葬式、法事、御講で供養を出してくれる信者が一番いい信者だと思っているんだ。自分たちが信徒と同じお経をあげたんでは、ありがたみがなくて困るんだよ」


周囲にこんなことを漏らしていたにもかかわらず、山崎は坊主の前では平身低頭を装って見せ、心にもないお世辞で誑しこんでいった。細井日達が急逝し、山崎は法主に就任したばかりの阿部日顕にもすりよるが、目論見は失敗。「あんたは大ウソつきだ!」と罵倒された。


その後、山崎は学会恐喝容疑で逮捕、二年二か月の獄中生活をおくるが、自業自得にもかかわらず、学会に怨念を募らせ復讐心に燃えて出所してきた。まず手始めに創価学会を切っていた日顕に目をつけ、「人格高潔な方ほど、苦痛を味わわされるものです」「御法主上人猊下のご慈悲により、富士の清流がたもたれたことを、後世の僧俗方は、感謝されるでありましょう」などと甘言をもちいて再びすり寄っていった。


人間の欲望、弱みにつけ込む才に異様にたけていた彼は、宗門に限らず、政治家、マスコミ、他の宗教団体の教祖など次々と篭絡していった。信心の全くなかった彼は、仮にも日蓮正宗の信者でありながら、身延派の時局講演会で講師を務めるなど、考えられないようなことも平気でしている。


甘言をもって様々な人を篭絡していった彼だが、自らの欲望のため、それらの人間を利用するだけ利用して、そして利用価値がなくなると簡単に切り捨てていった。長年、山崎の盟友であったジャーナリストの内藤国夫(故人)は、「山崎にかつがれた、利用された」「もう俺の知人をどれほど騙して金とってるか。」「山崎とは、もう懲り懲りなんだから」と浜中和道(正信会僧侶)に電話で漏らしている。


こうして悪逆非道のかぎりをつくした山崎だったが、晩年は裁判で敗訴続き、腎臓病を患い、悲惨な末路を迎えた。
(参考文献 サイコパスの犯罪ー元弁護士山崎正友の心の闇 中田光彦著 )


山崎の出身地である岡山県は「真言王国」と言われているほど、真言宗が浸透している土地柄で、彼の家系も代々真言宗である。真言宗の生命の濁りといえば、釈迦の頭を踏んずけ柱を倒そうとする下克上気質、忘恩、傲慢、腹黒、策略家、彼は地道に仏道修行に励み人間革命しようと努力せず、自己の一凶と戦うことをしなかった故に、たやすく真言の害毒に染まっていったとしか思えない。


何を隠そう自分も彼と同じ出身地である。
彼が恩ある先生と学会に弓をひいてからというもの、彼の悪事を嫌というほどきかされてきた。しかし、彼の家族、親戚等、誰一人として彼に同調し退転していった人はいない。
彼の親族の一人は、勇気をだして会合で彼の悪事を徹底的に暴いていた。たとえ身内、親族といえども大恩ある師匠を裏切り、広布破壊をくわだてた者は許さない、との決意に私は感動した。


『不祥事を起こし、学会に迷惑をかけて、退転していった人間は、必ずといってよいほど、学会を逆恨みし、攻撃の牙をむくものである・・・略 また不祥事を起こした、脱落者、敗北者の ""負い目" "劣等感" を拭い去ろうとする心理の表れともいえる。そのためには、自己を正当化する以外にないからだ。そこで、学会や山本伸一を「巨悪」に仕立て上げ、自分を、その被害者、犠牲者として「悪」と戦う「正義」を演じようとするのである。この本末転倒の心の在り方を「悪鬼入其身」というのである。』
                     (新人間革命 第8巻 清流の章より)



青年よ 困難に挑みゆけ


《吹奏楽行進曲》アフリカン・シンフォニー(行進曲ヴァージョン)


以下、第26回本部幹部会の席上(2017年7月8日)、上映された池田先生のスピーチ


また、戸田先生は言われた。
「広宣流布は、思想戦であり、言論戦だ。書きに書かねばならないし、しゃべりにしゃべりまくらなくてはならない作業であり、大運動なのだ」と。


どんどん書け。しゃべりにしゃべれ。
黙っていてはいけない。言うべきことは、強く言い切っていけ。
それでこそ、広宣流布は進むのだ、との戸田先生の厳命である。


もちろん、聞くべきときは、きちんと聞かなければならない。
そのうえで、青年ならば、邪悪を許さぬ、鋭い言論の力を持つべきだ。


「一」言われたら「十」言い返し、打ち返す「反撃力」を磨き抜いていくのである。
いわれない非難を受けて、黙って下を向いているような意気地なしの青年であってはいけない。おとなしくて、かしこまっていては損をするだけである。


相手の生命に叩き込むくらいの執念と勢いで、これでもか、これでもかと反論することだ。真実を語ることだ。沈黙しないことだ。生命力に満ち満ちた力強い「声」ーそれが、""広宣流布の弾丸""である。偏見や無理解の壁を破る""正義の大砲""である。



自分の一凶と戦う

私の母方の家系の宗教は、念仏宗、真言宗(正式には天台真言)。
父方の家系は身延日蓮宗、神道(黒住教)。
もう「宿業の問屋」のような実家だった。


特に""恐ろしい害毒""と感じたのは、念仏宗と真言宗。
「念仏無間」と喝破されている通り、絶えず生命が「苦しみ」を感じ、現実から逃げたい、逃げたいという思いにかられていた。真言宗の「柱を倒そうとする忘恩」、傲慢、人を見くだす生命。忘恩、傲慢の故に、築き上げてきた人間関係を感情に溺れ、自ら破壊してしまう。


私はこれら自分の「一凶」を本気で断ち切ろうと決意し、ノートに書き込んだ。


念仏の害毒  生命力が弱い、優柔不断、現実逃避
       根性がない、すぐに放り出す
       人はいいけど騙されやすい
       同じ過ちを繰り返し、それを本気で変えていこうと決意しない
       他力本願
       プライドだけは高い
       愚痴が多い、怨嫉する
       不信の生命が強い
       ご本尊の前に座ろうとしない、
       会合にいく前や唱題をし始めると強烈な眠気に襲われる(捨閉閣抛の生命)


真言の害毒  生命が傲慢
       感情に溺れ人間関係を壊してしまう
       人を見下す
       自己正当化


これらの自分の一凶を必ずたたっ斬る!と決め、祈り、戦った。
これら、「自分の中の悪の生命」は、謗法を呵責していったときにスパっと切れた。


「折伏行には、自他の無明を打ち破っていく力があるからです・・中略 勇気をもって戦った分だけ功徳があり、人間革命できるのです。」(御書の世界 第三巻P39)


折伏(破折)をしていくことで、相手の悪い心を折るだけでなく、自分自身の一凶(自分の成長を妨げる愚痴、不信、怨嫉、臆病などの悪い生命)を切っていける。


「勇気をもって自他の悪と戦っていくところにのみ、妙法の善なる力が現れてくる。勇気ある戦いがなければ、偉大な功徳はありません。」(同P40)