極悪と戦えば極善となる

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法華経の敵(かたき)を責めよ

【どんなに大善をつくり、法華経を千万部読み、書写し、一念三千の観心の道を得た人であっても、法華経の敵を責めなければ、成仏できない】 御書P1494




 これは、末法今時における天台仏法の修行を破折された御文であるが、私どもの信心のあり方をも示されている。日々、仏道修行に励み、多くの善根を積んでいるという人がいる。また、教学の研鑽に励み、仏法のことは深く知っているという人もいるかもしれない。しかし、いくら善根を積み、仏法を深く極めているといっても、正法正義(しょうほうしょうぎ)を破壊する敵と戦わなければ、すべて無意味なものとなる、成仏は絶対にできない、との厳しき仰せなのである。



【悪鬼とは、邪義を弘めた法然や弘法らのことである。其の身に入るとは、国王・大臣という権力者や万民などの身に入ることである。今、日蓮とその門下の南無妙法蓮華経と唱える者を、悪鬼が入った彼らが必ず恨み迫害するということである】P749



 今も、この仰せのとおり、『悪鬼入其身(あっきにゅうごしん)』の者が、広宣流布を破壊しようとしている。戦わねばならない。この悪人と戦わなければ、知らず知らずのうちに自分も、『その身に入ろう』とする悪鬼の影響を受けてしまう。油断してはならない。
仏法は厳しい。悪鬼に完全に打ち勝たねば、結局は、自分が悪鬼の眷属(けんぞく)になっ
てしまうのである。



 日蓮大聖人は「鬼とは命を奪う者で、奪功徳者(だつくどくしゃ)というのである」と。



 日顕宗とその一派は『奪命者(だつみょうしゃ)』であり、『奪功徳者』なのである。地湧の菩薩の生命力を奪い(奪命者)、功徳を奪おうとする(奪功徳者)。彼らと妥協したぶんだけ、功徳と生命力を奪われる。彼らと戦ったぶんだけ、生命力と功徳が、いや増す。


   (輝きの人間世紀へー御書とその心 池田大作 ""悪との戦い""より)


差別する一切と戦う


以下、法華経の智慧第六巻より  池田先生の言葉を一部抜粋


 ともあれ、どんなきらびやかな言葉も、民衆の現実の苦しみに背を向けたのでは、偽善にすぎない。自分が「高い所」にいて、安穏に暮らしているだけなら、もう仏法は死んでいる。


 法華経の真髄を弘めるために出現された大聖人が、あえてもっとも「低い所」にお生まれになり、御自身を""旋陀羅(せんだら)が子"" と宣言なされた深義(しんぎ)をかみしめなければならない。大聖人は、あえて、一番苦しんでいる民衆の中に生まれ、「差別される側」に生まれて、大迫害を受けながら、「差別する人間」たちとの闘争を開始されたのです。


 次元は違うが、「自分を低い所におく」ということで思い出すのは、パールバック女史の著書"【母よ嘆くなかれ】(伊藤隆二訳 法政大学出版局)です。知的障害として生まれた娘さんを抱えて、苦闘した軌跡を、ありのままに綴ったものです。どれほど心がずたずたになり、どれほど絶望と希望の間で心が揺れたことかー。


 ともあれ、パールバックさんは、「自分の娘からたくさんのことを学びました」と言う。


 「人はすべて人間として平等であるということ、また人はみな同じ人間として同じ権利をもっているということをはっきり教えてくれたのは、他ならぬ娘でした。・・・・もし、私がこのことを学ぶ機会を得られなかったならば、わたしはきっと自分より能力の低い人に我慢ができない、あの傲慢な態度をもちつづけていたに違いがありません」


 「娘はわたしに『自分を低くすること』を教えてくれたのです」


 【自分を低くすること】ー 素晴らしい言葉だ。
今は、「他人を低くすること」しか考えない世の中になっている。他人のあら捜しに狂奔(きょうほん)し、少しでも貶(おとし)めようと躍起(やっき)になっている。嫉妬社会です。


 彼女は、「自分を低くする指導者」でなければ人を幸福に導くことはできないと知った。


 永遠に「民衆の一人として」「民衆とともに」「民衆のために」生きるのです。その心を忘れて、将来、もしか自分は特別に皆より偉いと思うような指導者がでたら、皆で追放していきなさい。




日顕宗の "暴力の血脈"


 旧日本軍の陸海軍では、初年兵と呼ばれる新兵は、古参兵から『体罰』、殴られることにより古参兵、上官への絶対服従を体で覚えさせられた。毎日、殴られるばかりでノイローゼになり自ら命を絶った者もいた。


 日蓮正宗宗門内では、この旧日本軍顔負けの暴力が日常茶飯事だったという。
以下、日蓮正宗改革同盟の成田雄伴氏、土井雄育氏、山口雄在氏、石井信広氏の証言。



土井氏  「日顕は何か気にくわないことがあると、一瞬のうちに逆上し、見境ないなく     怒鳴り散らし、中啓(ちゅうけい、扇の一種)で自分の気のすむまで殴ってい      た。素手で殴ったり、足で蹴ることもある。」


石井氏  「相手が中堅以上の僧侶であっても、孫ほど離れた所化(しょけ)でもお構いな     し。あれは異常というほかない。」


成田氏  「だから誰が言い出したか知らないが、僧侶の間でも"瞬間湯沸かし器"とあだ     名されていた。」


石井氏  「自分で"中啓ミサイル"などと名付けて、得意げになっていた。」


土井氏  「海軍時代に、300人の兵隊を殴ったことを、得々と自慢していたことも
     あった。"50人くらいのところで、殴っている手が痛くなったんだが、途      中でやめられないので、最後まで殴ったんだ" と。」


山口氏  「得度して初めての丑寅勤行(うしとらごんぎょう)の時、私は日顕に声をかけ     られたら、"一生懸命修行して、立派な僧侶になります`" と決意を語ろう      と期待に胸を膨らませていた。ところが丑寅勤行が終わった後、大奥から戻っ     てきたとき、日顕のすぐ後ろにいた私は、振り返った日顕からいきなり中啓      で、理由もなく頭をパンパン叩かれた。」


土井氏  「所化に何かを尋ねる際に、日顕がよくやる習癖だ。」


山口氏  「日顕が "お前は誰だ?"というので、私は"山口雄在(やまぐちゆうざい)でご     ざいます" と答えた。すると日顕は激高し、"貴様は、山口雄存(やまぐちゆ     うぞん)だ" 私は全く意味がわからず、"いいえ、雄在(ゆうざい)でございま      す。"と言ったが、日顕は狂ったように、"何を! おまえは雄存(ゆうぞん)だ。わ     かったか! 雄存(ゆうぞん)だろ!" とまくしたて、何度も私の頭をなぐりつけ     たのです。」


土井氏   「最も厳粛な儀式であるべきご開扉の際も、日顕は直前まで坊主を殴るけ       るしていたな。」


石井氏   「そう、こんなこともあった。控え室で日顕が着替えをしていた。奥番とい      う世話係が、日顕の頭の上から袈裟をかけたとき、袈裟がちょっと頭をか       すった。その瞬間、日顕は "貴様! " といって、思い切り坊主を殴ってい      た」


山口氏   「息子の阿部信彰(あべしんしょう)も怒りだしたら止まらない。親譲りの"      湯沸かし器" だ。」


土井氏   「私は、信彰が住職をしていた大修寺(東京・府中市)で手伝いをしていたこ     とがあるが、信彰も怒るととことんまで殴り、蹴り続ける。」


成田氏   「大修寺の元従業員の目撃証言では、信彰が、ものすごい形相で所化を鼻血
      が出るまで殴り、法衣(ほうえ)にも血が飛び散っていたそうだ。」


土井氏  「私自身、信彰が寺に帰ってくると、胃が、本当にキリキリ傷んだ。わずか3     か月しかいなかったが、10キロ痩せた。」


山口   「渡辺雄範さんの話では、ある坊主は精神的に追い詰められ、信彰に怒鳴られ     ただけで鼻血を流していたこともあったそうだ。」


土井氏  「所化の間でも、"阿鼻叫喚(あびきょうかん)の大修寺"と恐れられていた。」


成田氏  「現法主、早瀬日如(はやせにちにょ)の凶暴性も有名だ。渡辺雄範さんは日      如が住職をしていた大願寺(東京・新宿区)に在勤していた。日如は所化に対し     て、往復ビンタ、ひざ蹴りを食らわせ続けていたのだという。」


石井氏  「大修寺同様、絶対に行きたくない所として、""地獄の大願寺""と呼ばれてい     た。」