極悪と戦えば極善となる

 「破邪顕正」謗法呵責をメインに記事を綴っていきます。なお、コメント欄に初投稿する場合は、軽く自己紹介をするようにお願いします。管理人が非常識、悪質なコメントと判断した場合、削除させていただくこともありますのでご了承ください。

自己の才知に溺れた三位房

三位房日行は、比叡山に留学し、秀才だったようで大聖人門下にあっては指導する立場にあり、今の学会でいえば大幹部にあたる。


日興上人の富士方面の弘教の補助にあたり、諸宗問答の主任を任されていたのだから、
師匠である大聖人からも、かなり期待されていた人物のように思う。


しかし、三位房は京の軟風におかされ、そのことを見抜かれた大聖人から「法門申さるべき様の事」P1268 でその慢心を厳しく叱責されている。


「長なんどにつかへん者どもに召されたり上なんどかく上・面目なんど申すは・旁せんずるところ日蓮をいやしみてかけるか、総じては日蓮が弟子は京にのぼりぬれば始めはわすれぬやうにて後には天魔つきて物にくるうせう(小輔)房がごとし、わ房もそれてい(其体)になりて天ににくまれかほるな」


「田舎法師にもあらず・京(みやこ)法師にもにず・せう(小輔)房がやうになりぬとをぼゆ」


ー日蓮の弟子は、京都にのぼったばかりのころは、広宣流布への決意を忘れないが、次第に京風の軟風におかされてしまう。後に天魔がついて狂ってしまった小輔房のようである。(あなたは最近では言葉づかいまで京に染まってきていて)田舎法師でも京法師でもない、小輔房のようになっているようである。ー


等々、大聖人の火をふくような呵責は弟子であろうと容赦がない。門下を指導する立場であった三位房への厳しい叱責は、「弟子に巣くっている魔を破りたい、断じて退転させたくない」という慈悲からくるものだと思う。


弟子が可愛くない師匠はいない。


三位房がどのような経緯で退転していったか詳しくはわからないが、人生の目的が広宣流布から名門名利へと変わっていってしまったことは間違いない。

嫉妬は身を滅ぼす

私は過去に「嫉妬」という感情に溺れ、
まっとうな判断力を失い人間関係が壊れてしまったことがあった。
しかし、その時は自己を正当化し、「相手が悪い」と思い、自分の心を見つめようとはしなかった。



日顕も嫉妬という感情に溺れ、物事を冷静にみれなくなり、自己破壊的な行為を繰り返し、その結果、宗門を破滅へと向かわせてしまった。



嫉妬は、わが身も人間関係も破壊する。


嫉妬は人類が断ち切っていかねばならない「一凶」なのかもしれない。




「観心とは我が己心を観じて十法界を見る是を観心と云うなり」
                (如来滅後五五百歳始観心本尊抄 御書P240)



たえず自分自身の心を見つめて、「自己の一凶」と向き合い、
「自他共の悪」と戦っていかないと、とたんに悪の生命に染まってしまう。



外なる悪と戦うことは、内なる悪との戦いであり、
すなわち日顕と戦うことは、""自分自身の悪""と戦うことなのである。


三災七難の原因

日蓮大聖人は、三災七難の原因について、諸人が法華経の行者をあだみ、賤しめ、誹っている故に、諸天善神がその国を「治罰」すると仰せられている。



「或いは自身の愚痴の故・或いは実教の行者を賤しむゆへ等の故彼の訴人等の語を・をさめて実教の行者をあだめば実教の守護神の梵釈・日月・四天等・其の国を罰する故に先代未聞の三災・七難起こるべし」


               (治病大小権実違目 P997)



「而るに此の三十余年の三災・等は一向に他事を雑えず日本・一同に日蓮をあだみて国国・群群・郷郷・村村・人ごとに上一人より下万民にいたるまで前代未聞の大瞋恚を起せり、見思未断の元品の無明を起こす事此れ始めなり (P998)


三十余年打ち続いている自然災害や疫病などの三災七難は、法華経の行者である大聖人を日本一同にあだみ、大瞋恚をおこしているからだ、と。



「結句は勝負を決せざらん外は此の災難止み難かるべし」(同)


仏敵を最後の最後まで妥協なく呵責し続けて対治し、勝負をつけていかないと災難は
止まらない。



【悪人を責め続けることである。勝つか負けるかである。
最後まで、悪には、とどめを刺さなければいけない。


日本人には、この""徹底的に""がなかなかできない。
だから社会が変わらない】 (御書とその心 ""悪との戦い"" 池田大作)