極悪と戦えば極善となる

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日顕のいい加減な御本尊書写

 相変わらず学会が授与する日寛上人書写の御本尊を「ニセモノ」呼ばわりする宗門。


 彼らの主張は学会の御本尊には「法主の許可がない」「法主の開眼がない」「本山からの下付がない」などと、荒唐無稽なことばかり。だいたい、前法主の日顕自体が、日達上人から正式な相承を受けていない「ニセ法主」ではないか。


 日顕に御本尊書写の仕方を指南していたといわれる、故・河辺慈篤(かわべじとく)は、日顕の御本尊書写のいい加減さに呆れ「自分が教えたのと違う」と周囲にもらしていたという。


 日顕が書写した御本尊には、「妙楽大師」が入らなかったり、「帝釈」と記したと思いきや、「釈提桓因」(しゃくだいかんいん) と書くなど、相貌が次々と変化した。


ある時は「未曾有大曼荼羅也」(みぞうのだいまんだらなり)の一節が抜けていて、それに気づいた僧侶がそれを報告すると、「(信徒が)気づいてないなら、知らん顔しとけ」と言い放った。「十羅刹女」「阿闍世王」「大龍王」を書き忘れたこともあった。


 さらに呆れるのが、御本尊を書写する時の姿勢である。
日顕は書写室を使わず大奥の居間などで書写し、あるときは落語のテープなどを聞きながら書写していたという。またあるときは、書きかけの本尊を机の上に放置したまま居眠りをしていたというエピソードもある。


 信者の信仰の根幹である「大事な御本尊」を書写させていただいている、との厳粛さが微塵も感じられない、このていたらく。御書に「日蓮がたましひをすみに」とあるが、大聖人のご境涯からは程遠い、こんなふざけた輩の「たましひ」がこもった御本尊などこちらから願い下げである。


 学会が授与しているご本尊に難癖をつけ、勝手にコピーしたのなんのといっているが、
そもそも「御形木御本尊」というのは、御本尊を木版や写真製版等にして印刷する御本尊のこと。宗門でも下付してきた経緯がある。学会の御本尊がニセ本尊であるというのなら、宗門で下付してきた御形木御本尊もニセ本尊ということになる。