極悪と戦えば極善となる

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大魔のつきたる者ども

『大魔のつきたる者どもは一人をけいくん(教訓)しを(落)としつれば・それをひつかけにして多くの人をせ(攻)めおと(落)すなり』御書P1539


(大魔がついた者たちは、1人を教訓して退転させたときは、それをきっかけにして多くの人を退転させるのである)


彼らの本質を大聖人は次のように指摘されている。


『日蓮が弟子にせう(少輔)房と申し・のと(能登)房といゐ・なごえ(名越)の尼なんど申せし物どもは・よく(欲)ふかく・心をくびやう(臆病)に・愚痴にして・而(しか)も智者となの(名乗)りし・やつばら(奴原)なりしかば・事のをこりし時・たよりをえて・おほ(多)くの人を・お(落)とせしなり』御書(P1539)


(日蓮の弟子の小輔房(しょうぼう)といい、能登房(のとぼう)といい、名越(なごえ)の尼などといった者たちは、欲深く、心は臆病で愚かでありながら、しかも自分では智者と名乗っていた連中だったので、ことがおこった時に、その機会に便乗して、多くの人を退転させたのである)



大聖人ご在世当時の、小輔房、能登房、名越の尼といったら、
今の学会でいえば、大幹部、草創の大先輩にあたったのだろう。
その彼らが大聖人門下を退転へとひきずりこもうとしたのである。



たぼらかされてはいけない。
""愚者でありながら智者""と名乗っている、中途半端な信心で脱落した連中のいうことを鵜呑みにし、信心を破壊されてはいけない。魔は""奪命者""であり、""奪功徳者""である。


今、インターネットの世界においても「書きたい放題」している、"魔に魅入られた者たち"が徘徊していて、情報は氾濫し、まさに玉石混交となっている。
学会員は、ガセ情報に惑わされないよう、それらを見極める眼、洞察力をもつべきであろう。出所不明な情報は、信じないことである。