極悪と戦えば極善となる

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如来滅後五五百歳始観心本尊抄①

 これは記事にしてよいものか相当迷ったが、青年部教学試験のおり、『如来滅後五五百歳始観心本尊抄』の講義を受け、講師の方から学んだことをベースに、自分の御本尊に関する考察を連載させていただく。


如来滅後五五百歳始観心本尊抄は 
「にょらいめつご ごの ごひゃくさいにはじむ かんじん の ほんぞんしょう」
と読む。


「観心」と「本尊」の間に「の」の字を入れて読むのは、爾前教(にぜんきょう)や法華経迹門、本門の文上(もんじょう)に説かれる「教相(きょうそう)の本尊」と区別する意味がある。「観心(かんじん)」とは「教相(きょうそう)」の対語であり、教相が経文を理論的に究明するのに対し、観心は、真理を己心に観ずる修行をさす。



         
この「如来滅後五五百歳始観心本尊抄」の題号には
日寛上人は"" 時・応・機・法""の四義が具足しているとする。


如来滅後五五百歳=時
始む=応
観心=機
本尊=法


なお、この「時・応・機・報」、大聖人や日寛上人が考えたものではなく、もともと江戸時代の仏教の檀家制度で信者のニーズにあわせてつくられた考え方といわれている。



しかし、この信者の欲求にあわせてつくられた「時・応・機・報」というのが、
信仰を通して自分がどのように成長していくか、という視点がまったくなかった。
自分は人間革命もせず、自己の欲望を満たすだけの呪術的な祈祷による""おすがり信仰""がひろまっていた。それに真っ向から意義を唱えたのが第26世日寛上人であった。


民衆が困っている ""時""に
生きるという根本的なことで悩んでいる悩みに ""応じて""
末代幼稚の凡夫である我々の機根に ""あわせて(機)""
十界互具・一念三千の御本尊を「明鏡」として受持させ
開仏知見、ある仏界の生命を開かせる ""法""


これが正しい「時・応・機・法」のとらえ方である、と。