極悪と戦えば極善となる

 「破邪顕正」謗法呵責をメインに記事を綴っていきます。なお、コメント欄に初投稿する場合は、軽く自己紹介をするようにお願いします。管理人が非常識、悪質なコメントと判断した場合、削除させていただくこともありますのでご了承ください。

真面目な信心の人には必ず功徳がある

『次に、功徳を受ける信心について話をしておきます。
一言すれば、真面目な信心の人には、必ず功徳があります。一方、外面は、一生懸命に信心に励んでいるように見せながら、実際には怠惰で、真剣に仏道修行に励もうとしない人には功徳はありません。他人の目はごまかせたとしても、仏法の因果の理法は、決してごまかすことはできないからです』


 『また、恐るべきは、すぐに人を批判したり、ねたんだりする習性です。それは、自分がこつこつと積み上げてきた福運を消すだけでなく、心を暗くし、生命を重くします。さらには、広宣流布の団結を破壊することになっていく。つまり、自分で自分を、不幸の淵へと追い込んでいってしまう』


 『反対に、人びとに対して、善意と賞賛と応援の姿勢で臨み、仏道修行に励んでいくならば、感激があり、感謝があり、人生すべてを楽しいものと実感していくことができる。実は、そこに人間革命の姿があり、幸福の実像もあるんです。立場や役職のいかんが、幸不幸を決するのではありません』
                 新人間革命26巻 奮迅より



 学会活動をしていても、奥底の一念、信心に対する姿勢で、功徳は雲泥の差が生じる。師匠の仰る通りに、純粋に真面目に信心を貫きとおしている人には功徳がある。しかし、要領よく立ち回る、ポーズだけ、心が怨嫉まみれの人は思うように功徳が受けられず、不信に陥る。「心こそ大切なれ」なのである。