日顕の好きな言葉「生身の釈迦日蓮」

「是の相承を受く人は学不学によらず生身の釈迦日蓮」
(血脈相承を受けた人は学問があろうがなかろうが、生身の釈迦日蓮)
「如何様の僧貫主となるとも相承伝授候上は生身の釈迦日蓮たるべきこと開山の御本意一門徒の肝要にて御座候」
(どんな僧侶が法主になっても血脈相承を受けた上は、生身の釈迦日蓮であるととらえることが、御開山・日興上人の御本意であり、一門徒の肝要である)
(富士宗学要集5巻)
この言葉は、法招寺の僧侶・日感が、檀家の一人にあてた手紙の一部だが、複雑な経緯で法主の座についた大石寺第19世 日舜への宗内での批判をかわすためにつくった「法主絶対」の邪義である。
日顕は、この日感の言葉が気に入ったようで、1997年8月の教師講習会で、日顕自らが「生身の釈迦日蓮」であり、「誹謗すると地獄に堕ちる」などと言い放った。
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