極悪と戦えば極善となる

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法華経をすつるは地獄の業なるべし

 最近、リアルで忙しくなり久しぶりの更新となる。
昨日、幹部の方から貴重な話を聞くことができた。


 戦時中の弾圧中、特高刑事の過酷な取り調べに耐え切れず、退転してしまったうちの一人の方から体験を、青年部時代に、ご本人から直接きいたそうである。


 特高刑事に、「家族を手入れする」と脅され、やむなく信心から離れてしまった。
ここでは詳細はかけないが、それからその方には厳しい仏罰が下ったとのこと。


 戦時中の刑務所は、今の刑務所からは想像できないほど過酷な環境だったと思う。
実際、取り調べを受けた者の中には、ノイローゼになり、自殺を図った者もいた。
そのような環境の中で信心を貫きとおすのは、並大抵な精神力でないとできないだろう。
改めて、牧口先生、戸田先生の偉大さを感じずにはいられなかった。


今は時代が違うが、この話を聞いて、決意した。


「信心とは命がけでするものなんだ、何があっても絶対に退転しない」


『善に付け悪につけ法華経をすつるは地獄の業なるべし』御書P232

宿業はかりがたし

 人間を深めることを忘れると、どうしても難に遭えば卑屈になり、周囲を恨むようになる。それが人間の常ともいえる。そうならないためにも、深く自分を見つめ、自分自身を絶えざる成長へと高めていく努力が必要になってくる。


 「宿業はかりがたし」です。
万人の魂を救うための徹底した人間生命への凝視なのです。人間の生命に対するこれほどの厳愛はありません。人間生命の可能性への深い慈しみと、人間生命への弱さへの同苦が、この生命凝視の根本にあると排したい。


 創価学会の偉大さも、同苦の実践にあります。
自分自身も宿業転換の途上で苦しんでいる。その人が他の人の宿業転換のために戦うから、崇高なのです。
      
           御書の世界 第二巻 佐渡流罪(下)より 一部抜粋

仏縁をつけた人は 自分の諸天善神に変わる

昨年の参院戦のときのこと。


勇気をだして、ご近所にいったところ
「うちは○○党だから」と冷たくあしらわれてしまった。


 しかし、諦めずに「諸天よ動け! 奇跡よおこれ」と強く祈っていると、その冷たくあしらった方みずから「応援します」と連絡してくれた。昨年も、今回の法戦も強力な味方になってくれた。



 支援活動もそうだが、新聞啓蒙や仏法対話すると、その時は嫌な顔をしたり、
離れていく人もいるかもしれない。しかし、人の心は何がきっかけになって変わるかわからない。生命は一瞬で変わる。




『自分が歩いた人 結んだ人は 全部眷属になっちゃうんです
諸天善神に変わっちゃうんです 
だから一生懸命 面倒をみてあげなさい 
折伏しなさいと 大聖人は仰せなんです』


             (1998・5 本部幹部会での池田先生の御指導)