日顕は五老僧の末流
日興遺誡置文
【義道の落居無くして天台の学文すべからざること】(10条)
【当門流においては御書を心肝に染め極理を師伝してもし間有らば台家を聞くべきこと】(11条)
日蓮大聖人に背いた五老僧は、大聖人を末法のご本仏と仰ぐこができず、「日蓮聖人の法門は天台宗なり」などと言った。
五老僧のごとき師敵対の謗法に対し、日興上人は、第10条・11条で厳しく誡められた。
こうした遺誡を意にも介さず、かつての五老僧のように、天台教学の専門家を気取っていたのが日顕だった。
日興上人が、「心肝に染め」と厳命された御書をないがしろにし、得意満面に天台三大部を講義する姿は、まさに「天台沙門」を名乗った五老僧の末流という他あるまい。
(2022・11月16日号 創価新報より一部抜粋)
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