人間革命12巻 「後継」の章より 一部抜粋 ある時、報告にやってきた参謀の滝本欣也が、戸田にだずねた。] 「先生が一日の落慶法要で言われましたように、御書も発刊され、大講堂も建立されたいま、学会は身延をしのぎ、もはや、敵はいなくなったと思います。これからの学会は、何を敵として進んでいけばよいのでし... 続きをみる
2022年2月のブログ記事
-
-
「日蓮大聖人御在世当時の天台宗は、現今の日蓮宗の中でも『日蓮正宗』に相当すると思はれる」 「さらば日蓮正宗の信者の中に『誰か三障四魔競へる人あるや』と問はねばなるまい。 そして魔が起(おこ)らないで、人を指導してゐるのは『悪道に人をつかはす獄卒』ではないか」 ... 続きをみる
-
【貞観政要①】帝王学の最高傑作!家康も愛読した中国皇帝のリーダー論とは! 【貞観政要②】中国の名君が実践した人材選びと環境づくりとは? 仏法をもっているからといって、独善的になってはならない。 あらゆる学問、あらゆる文学、あらゆる一流の思想家たちの持論・論調を勉強することが、とくに大事である。それ... 続きをみる
-
情に厚く、慈悲深い心を、俗に「ほとけ心」とたたえる。 が、仏法では、その人情、慈悲心につけいる魔があることを教えている。 その名を「慈悲魔」(じひま) 首楞厳経(しゅりょうごんきょう)に説かれるこの魔、衆生の心に一分の慈悲心があるのに乗じて、その心に取り入る。あわれみの情をいたずらに募らせ、是... 続きをみる
-
-
‘’病気が治る‘’ ‘’裕福になれる‘’などの利益を歌い文句にしている宗教は多々ある。 病気がなおる、金銭的に豊かになる、といったことを否定はしない。 それも幸せの形のひとつだからだ。 しかし、一番大切なことは、 「その信仰を通して、自分がどのように変われたか。 どのように成長したか」 というこ... 続きをみる
-
「大魔がつきたる者どもは一人をけうくんしをとしつれば・それをひつかけにして多くの人をせめをとすなり」(全・1539) (大魔がついている者たちは、一人を教訓して退転させたときは、一人をきっかけにして多くの人を攻め落とすのである) 「日蓮が弟子にせう房と申し・のと房といゐ・なごえの尼なんど申せし物ど... 続きをみる
-
今日は「スノームーン」2月満月。 昨日2022年2月16日、日蓮大聖人の御生誕から満800年.をむかえた夜、 美しい月天子もお祝いしていた。 昨日は自分と自分の周りに不思議な出来事が続いた。 ‘’仏法は勝負‘’、あらゆる難と戦い、不屈の精神で大法を弘められた 日蓮大聖人に改めて報恩感謝の祈りを捧げ... 続きをみる
-
数年前の長沢氏のスキャンダル、今回の遠山氏の不祥事、前者は衆議院選挙の最中でおこり、後者は今年夏の参議院選を控えている矢先の出来事だった。 これらの議員の一連の不祥事は、魔の働きだと思っている。 議員になれば、赤い絨毯を歩き「先生、先生」と呼ばれチヤホヤされる。 勘違いがおこりやすい。 以前... 続きをみる
-
-
-
-
-
魔は、戦おうという人の生命力を奪い、やる気をなくさせようとする。 時には、今回のように、同志の嫉妬となって現れることもある。あるいは先輩幹部の心ない発言となって現れることもある。また、病魔となって、組織のリーダーを襲うこともある。 こちらの一念が定まらないで、逃げ腰になれば、魔はますます勢い... 続きをみる
-
2020年、6月、様々な心労が重なり、私はパニック障害を発症した。 あまりの苦しさに「もう、死んでしまうのかも・・・」と思った。 なおそうと思えば思うほど、症状が悪化して焦った。 そんな時、親友がこんな言葉をかけてくれた。 「なおそう、なおそうと、力まなくていいんだよ、雨はいつか止むんだから... 続きをみる
-
-
幹部は、決して威張ったり、人を叱ったりしてはいけないよ。 どこまでも、仏子として敬い、大切に接していくことです。 戸田先生は、弟子を叱られることがあったが、そこには深い意味がありました。 いかなる場合も戸田先生の一念の奥底にあるのは、大慈大悲でした。 それもわからず、言動の一端を真似て、同志... 続きをみる
-
HSPとは、H(ハイリー)、S(センシティブ)、P(パーソン)の略で、 過度に敏感な人。 私は、強度のHSPで、人といると疲れる、他人の些細な一言が気になって眠れない、 誘いを断れない、人の感情が自分にうつり過ぎて辛い等々・・・ なおそうと思ったが、尊敬する中田敦彦さんの、 「なおさなくてい... 続きをみる
-
自分の役職をやり切っていくことである。 生命の「位」が上がっていく。 学会の役職の意義はどこにあるのか。釈尊の仏法では、「六即」(ろくそく)とか、「五十二位」とか、菩薩の位を細かく論じた。 日蓮仏法では、「受持即観心」であり、「直達正観」であるから、段階はない。(=どちらも“”御本尊... 続きをみる