極悪と戦えば極善となる

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「通諜(通牒)」なる謀略文書

日蓮正宗宗門は、戦時中に神札を受けた問題で窮地に陥り、「通諜」(通牒)なる謀略文書を持ち出し、「学会も神札を受けた」と宗門機関紙「慧妙」で主張した。


この「通諜」は、「戸田会長が持っていたもの」とし、「神札を粗末に扱わないよう」などと書かれている。しかしこれは戦後入信した一法華講員(故人)が書いた文書で、戸田先生の筆跡とは明らかに異なっていた。


にもかかわらず宗門は、投獄され退転した創価教育学会の幹部の身内の「軍部に押収されていた資料が戦後返ってきて、その中に「通諜」も入っていた」との証言をとりあげた。この「通諜」の所有者とされる元創価教育学会幹部の身内(竜門講員)は、戸田先生のことを怨嫉、学会から離れ檀徒となっていた。


【師を裏切った弟子たちを許さなかった戸田会長を、創価学会教育学会の元幹部らは逆恨みした。なかんずく、創価教育学会のナンバー3の位置にあった副理事長の野島辰次は、戸田会長のみならず、牧口会長まで恨んでいた】(地涌668より一部抜粋)


この副理事長は、逮捕されたことを法難ととれず、「牧口先生が宗門の指示通り神札を受けなかった罰で、獄につながれ、こんな辛酸をなめさせられた」と考えて牧口先生を怨んでいたようだ。


戦時中に宗門のいう通り神札を受けていれば、牧口戸田両先生以下、創価教育学会の幹部らは獄につながれることはなかったであろう。したがって「学会も神札を受けていた」というのは宗門の後ろめたさからのでっちあげなのである。