極悪と戦えば極善となる

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魔が起こらないで人を指導している僧侶

「失礼ながら御僧侶方の大概は御妙判と称して御書やお経文によつて説明はして下さるが現証によつて証明して下さらないのを遺憾とする。しかも川向かいの火事を視るが如く真理論でやるが、日常生活に親密の関係の価値論でそれをやらないから無上最大の御法も十分に判らう筈がない」


「魔が起らないで、人を指導してゐるのは、『悪道に人をつかはす獄卒』ではないか」


           (牧口常三郎全集10巻) (新・人間革命27巻P119~ 正義の章より)



御書の説明はするが、現実の生活の上で、悩み、苦しんでいる人に寄り添い激励したり、かかわろうとせず、また法難を恐れて折伏もせず、軍部に迎合し伊勢神宮への遥拝を末寺や信徒に徹底、御観念文を天皇や国家神道を讃嘆する内容に書き換え、御書削除、神札甘受など謗法の数々を犯し続けていた宗門僧は、まさに「悪道に人をつかはす獄卒」であり、人を指導する資格などないのである。