極悪と戦えば極善となる

 「破邪顕正」謗法呵責をメインに記事を綴っていきます。なお、コメント欄に初投稿する場合は、軽く自己紹介をするようにお願いします。管理人が非常識、悪質なコメントと判断した場合、削除させていただくこともありますのでご了承ください。

亡くなった家族に今世でまた会えるのか


「私は歳23で、やすよという子供を亡くしました。女の子であります。抱いて寝ました。死骸を一晩わしは抱いておりました。冷たいもんですなあ、死んだ子供ってのは。そのころまだ御本尊さんを拝みませんから、もう悲しくて抱いて寝まして、そして別れて今わしは58.。数えですよ。彼女がおればです、彼女だよおい(笑)三歳でありましたから、相当立派な婦人となっていると思いますけれども、さあ、今生で会ったと言えるか言えないか。それは信心の感得の問題だよ。わしは会っておりますよ。私はその子に会っております。今生に会うというのも、来世で会うというのもそれは信心の問題でありましてね、その死は悲しかったよ僕は。」


「冷たい、その死骸をさ、一晩抱いて寝て泣きました。もう一度付け加えていこう、その時くらいわしは悲しいことは世の中になかったです。それで私の事務所が目黒にありました。はぁー、子供を亡くして、これくらいの悲しみはないと、その時まだ女房が、今の女房じゃないですよ(略)もし自分の妻が死んだなら・・その妻も死にました。もし母親が死んだらと思いました。そりゃあわしとしても母親は恋しいです。今度もう一歩突っ込んで、僕自身が死んだらその時、どうなる?体震えちゃった僕。それが牢に入って、少しばかりの経典を読ませてもらう、ああ、よくわかりましたと、ね、そう解決したんですが、死の問題はわしゃ、20何年かかりました。」


「我が子を亡くして泣きすぎて、妻の死ぬのも怖くて、母親の死も怖くて、自分自身の死も怖かった。それがようやく解決できたればこそ、創価の会長に戸田はなったのであります」


「今生で会えるか会えんかは、それはわしから言うわけにはいきません。あんた自身の感得の問題だとわしは思うけど、会えるというてもおかしいし、会えないというてもおかしいし、あんた自身の信心の問題からくるもんだから、わしの力に及ばぬところ、ご自分の力でおやり遊ばせ、これでいいだろ?」


                         (1957年 戸田先生の御指導)