極悪と戦えば極善となる

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自他共の悪を滅する折伏行

【正しく、力のある教えであるならば、功徳と罰という二つの現証が必ず生じるんです。また、大聖人は、この功徳について『悪を滅するを功と云い善を生ずるを徳と云うなり』(全P762)と、仰せになっています。これは、自身の生命の悪を滅して、善を生じていくことが功徳であるとの意味です】


【つまり、功徳といっても外から与えられるものではなく、自分の生命のなかから、泉のごとくわき出してくるものです。そして、依正不二という仏法の原理で、自分の環境を変え、幸いを万里の外から集めることができるんです】


【さらに、人の悪を滅し、善を生じさせていく行為が折伏です。ゆえに、折伏を行ずること自体が、人に功徳の道を開くことであり、同時に、それによって、自分自身も功徳を受けていくことになります。これが日蓮仏法です】


【さて、仏法は、人びと幸福を願う慈悲の教えですが、慈悲には、悪と戦う勇気が不可欠です。もし、悪を放置しておけば、結局は悪がまかり通り、皆が不幸になってしまうからです。したがって、邪悪と戦ってこそ慈悲であり、本当の仏法者であると、申し上げておきたいのであります】
         (新・人間革命4巻P122~凱旋の章より 池田先生の御指導)