極悪と戦えば極善となる

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東村山デマ事件Ⅱ

(朝木明代)転落死後、最初に発売された「週間新潮」(1995年9月14日号)は、「東村山女性市議『転落死』で一気に噴き出た『創価学会』疑惑」という大見出しで掲載。このガセネタを同誌編集部に持ち込んだのが、自称ジャーナリストの乙骨正生である。その乙骨に朝木の死を知らせたのが、朝木の同僚市議の矢野穂積だった。


「矢野市議の電話が、私の元に入ったのは二日の午前六時。矢野氏は、絞り出すような声で朝木さんの死を伝えた。『朝木さんが殺されました』」(「文芸春秋」同年11月号)


つまり矢野は乙骨に、警察が捜査を始める前の段階から「殺された」と断定し、伝えていたのだ。そして乙骨も、その真実性について自ら調査して裏付けを取ることなく週刊誌に売り込み、邪推と憶測に満ちた自身のコメントまで載せてデマを喧伝した。学会を陥れるためなら「事実」や「真実」はどうでもいい。その習性は、後に法廷の厳しい追及を受け、ことごとく断罪されている。


また当時、特に悪質だったのが「週刊現代」同年9月23日号だ。タイトルは「夫と娘が激白! 『明代は創価学会に殺された』」朝木の夫・大統と娘・直子の一方的なコメントを中心に構成している。「創価学会はオウムと同じ」「自殺したようにみせて殺すのです。今回で学会のやり方がよくわかりました」(娘・直子)「創価学会に殺されたんですよ」「妻が万引き事件で逮捕されたことも、学会におとしいれられただけ。万引き事件で悩み、それが原因で自殺したというシナリオをつくったんです」(夫・大統)ちなみに夫のいう※「万引き事件」とは、朝木が地元の洋品店でTシャツを万引きしたとして、同年7月に窃盗容疑で書類送検された事件のこと。朝木らは‘’でっちあげた‘’と主張したが、警察は現場検証や複数の目撃証言などによって、朝木のアリバイや目撃証言などによって、朝木のアリバイや証拠物件が、‘’偽物‘’であることを見破っていた。


※万引き事件・・・ 朝木が万引き事件を起こしたのは、転落死から2か月前の、1995年6月19日だった。場所は、東村山駅近くの洋品店。店番をしていた女性店主が朝木の万引き行為を目撃。店舗を飛び出して朝木を呼び止め、万引きの事実について追及したが、朝木は「盗んでいない」と犯行を否認した。しかし、朝木に両手を挙げさせたところ、脇の下から商品のTシャツが落ちた。本人は逃げるようにその場を立ち去ったが、その場に居合わせた客の勧めで店主は警察に被害届を提出した。この軽微な万引き事件を警察は、なぜ立件するに至ったのか。それは、朝木が主張してきたアリバイが信用に値しなかったからである。東村山署は、店主の供述が複数の目撃者への事情聴取によって裏付けられたため、朝木に対し、6月30日に出頭するように要請。そのとき警察に出向いた朝木は、取り調べでかたくなに犯行を否認するのみだった。しかし、再びの要請で7月4日に出頭した際には、‘’私にはアリバイがある、証拠がある‘’と突然、言い出したのだ。そのアリバイとはこうだ。事件当日の午前中は市議会に出て、午前2時12分に銀行に寄り、午後2時30分から3時10分まで同僚の矢野穂積市議と一緒に近くのレストランで食事をしていた。だから、犯行のあった時間(午後3時15分ごろ)に洋品店に行けるわけがない、というもの。その証拠物として、料金精算の時刻が印字されたレストランの「レシート」を出してきた。その後、警察が裏付け捜査を行ったところ、確かに2人の客が飲食し、午後3時半ごろにレジで料金を支払った記録が残されていた。ところがー。その2連れの客が「いずれも女性」だったことがテーブルを担当した従業員の証言で明らかになった。朝木が言う「矢野」、つまり男性ではなかったのである。さらにレストランの小型の注文入力機の記録を調べると、2人連れの客がレストランにいた時間は、午後1時すぎから、3時半ごろ。朝木が言う‘’午後2時12分に銀行に寄っていた‘’ことは、防犯カメラによって証明されているため、レストランにいた時間帯が朝木の説明と辻褄が合わなくなる。実は、1回目に朝木が出頭した6月30日の夜、ある年配の女性からレストランにこんな電話が入っていた。‘’6月19日の午後3時前後に店でランチとコーヒーを2人分注文しているので、レシートの写しをほしい‘’
このとき、電話を受けた店長がランチの種類と座ったテーブルの位置を尋ねると、「たぶん、日替わりランチです」と曖昧に返答し、座ったテーブルの位置については何も答えなかったという。店長は翌日に札幌の本社からファクシミリでレシートを取り寄せ、後日、深夜に来店した中年女性に手渡した。こうした事実に基づいて、東村山署は、朝木が出した証拠がアリバイを証明するものではないと判断。7月12日、朝木を窃盗容疑で東京地裁八王子支部に送検した。その後、同地検は、9月5日に出頭するように朝木に通告。出頭を目前に控えた1日、朝木は矢野と共に、万引き事件の担当弁護士と相談を行っている。転落死したのは、それから数時間後のことだった。こうした一連の経緯について掲載した月刊誌『潮』に対して、矢野・朝木らが名誉棄損で訴えた裁判では、朝木が万引き事件の犯人であると信じたことなどについて、「相当の理由がある」と認定した。名誉毀損は認められず、矢野・朝木らは敗訴。矢野のみ控訴した2審でも【本件控訴をいずれも棄却する】と、あっけなく敗訴が確定した         (2023・1・18日付創価新報7面より)